恋人できたシリーズその①「この人じゃなきゃ駄目!」と「誰でもいい」の間
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結局、恋愛の相手探しって、
「この人じゃなきゃ駄目!」と「誰でもいい」の、グラデーションの間のどこか、なんだろうな。人によって、どのあたりかは違うけど。
この考え方が、自分の中ではけっこう大事だったかなと思う。
しょっちゅう頭の中で思っていた。
私は少女漫画を読みまくって育ってるので、「白馬の王子様願望」とか、「運命の人とのめぐり逢いに対する期待」は筋金入り。
ほとんど洗脳といってもいいくらい(笑)。
まぁ、日本人女子はこういう人多いよね~。
伝統的な少女漫画の王道パターンは、ひと言で言えば「さえない(何かしらハンデのある)女の子が、完璧なヒーローに愛されて、幸せになる」というやつだから、よっぽど身近にリアルな恋愛上手の大人がいて影響受けたとか、割と早いうちから失敗を恐れずに自分で体当たりして好きな人と向き合って現実を体感してきたとかで、「漫画は漫画、現実とはまた別物」って気付いてる人じゃないと、みんなそれなりに幻想を抱いたままになりがちな気がする。。。
話がずれた。
そう、とにかく「この人じゃなきゃ駄目!」って思えないと、それは本当の恋じゃないって、無意識に思い込んでる自分にまずは気づいたことかな。
私は、けっこういい大人になっても、刷り込みから逃れていなかった気がした(言葉にして思ってたわけじゃないにしても)。
以前使ってた「ほぼ日手帳」に、
「よしもとばななさんへ 恋について、10の質問」
という記事の抜き書きが載っていて、それがこんな言葉だったのね。
――ばななさんの恋愛観は、いま、どのようなものになってきましたか?
あきらめがついてきました。
あらゆる意味で。
そして育てること(関係性を)に興味がわいてきました。
大事に育てると、他にとりかえようとは思わないものです
(夫との関係ですが、
それは子どもとの関係とある意味似ていると思います。)。
この、「関係性を育てる」っていうのは、すごくいいなぁと思って、ずっと心の中に持っていたんだよねー。
だから、「誰と」よりも、きっと、ある意味相手は誰でもいいから「どのように」の方が大事なんだろうなーと思うようになっていたってのがある。
よしもとばななは、私がこれまでに影響を受けた作家の代表格みたいな人なので。
ちなみに、今の彼と付き合い始める時に、
彼が「この関係を大事に育てたい」と言ってくれたのも、私の中ではツボでした♡
(植物を育てるのが好きな人なので、尚更「育てる」っていう言葉に込められた感覚が嬉しかったりもして)
それから、昔ながらの女性のからだの智恵と力について書いたり話したりしている
若杉ばあちゃん
若杉ばあちゃんの公式ホームページ - 若杉ばあちゃん公式ホームページ
とか
三砂ちづるさん
Misago Chizuru | 世界の 変革は あたたかい からだ から
の著作なんかを読んでいたら、
「相手は、誰でもいいのよ」とか書いてあるんだよね。
それは、言葉の綾だってのもわかるけど、ある意味では真実なんだろうなと思って。
私たちは、あまりにも頭で考えすぎているから。
ちょっと極端な言い方するくらいの方が、バランス取れるんだろうなーって。
あとは、
RADWIMPSの「G行為」って曲の歌詞に、妙に納得してしまうところがあって、
http://j-lyric.net/artist/a04ac97/l024598.html
(※著作権の関係上、ここには引用しないので、リンク先に飛んで読んでみてね)
まぁけっこうエグいというか、自虐的な感じもある、決してカッコよくはない歌なんだけど、最後の4行だよねー。
確かになーって。
そういう意味でも、
「この人じゃなきゃ駄目!」と「誰でもいい」の間。