遊びがいのある地球に生まれたね

なちこの頭の中を表現する場所。タイトルはいちおう短歌の上の句です。下の句は考え中です。

なちこのライフヒストリー その1 幼少期1983-1989

1983年7月2日生まれる。

 

生まれも育ちも神奈川県小田原市(・・・と言うことにしてるけど、実は生まれた病院は隣町なので、ちゃんとした占いとかしてもらう時に出生地を知らせる場合は、足柄上郡松田町って言う)。

2人姉妹の次女。姉は4つ上。

 父親は、中学校の社会科の教員(姉が生まれる前は、東京の出版社に勤めてたらしい)。

母親は、元中学の体育の教員で、たしか姉を産んだ時にはもう辞めてたとか。

母は敬虔なクリスチャンで、私はお腹の中にいる時から毎週日曜日は教会に通ってた。

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一番古い記憶・・・たぶん3歳くらい。母と一緒に山の中の畑に行って(山に土地がある本家から借りてたみたい)、母が畑仕事をしている時に、私は土で階段を作って遊んでたってことかな。段々畑みたいな感じで、二段になってる畑だった。

 

小さい頃は、どちらかというとおとなしい子どもだったと思うなー。

保育園では、粘土で何かをつくるのが好きだった。「お弁当」とかつくってた、そういえば。

紙芝居を見るのも好きだった。お昼寝と給食も好きだった。

こうして思い出してみると「友達と一緒に何かして遊ぶのが楽しかった!」みたいな記憶ってあんまりない。プールで泳ぐのも、ひとりが楽しかった。

園庭で「ゴレンジャーごっこ」をした時も、何が一番楽しかったって、なんとかレンジャーに変身する前の、「基地で何かの調査をしている隊員」風に、ジャングルジムの中を管制室(?)に見立てて、キーボードをカチャカチャ叩いてる真似をするのが、最高にカッコよくて楽しかったんだよー!!!(笑)

保育園の送り迎えの時に、ママチャリの後ろの席で風に吹かれるのも、とても好きだったなー。

卒園アルバムに書いた将来の夢は、「バレリーナ」。

 

姉がいたというのが大きいと思うけど、文字の読み書きを覚えるのは早かった方だと思う。

 

余談だけど、「1989年」って、自分の中でちょっとだけ特別な年だ。

なんでかっていうと、「1988」っていう数字を、その年を表す数字としてリアルタイムで見た覚えがないけれど、「1989」っていう数字は、リアルタイムで見ていた覚えがある。つまり、それまでにも目には映っていたはずなんだけど、その年に初めて「西暦」っていう概念を獲得したってことなんだろうね。

 

その2につづく