遊びがいのある地球に生まれたね

なちこの頭の中を表現する場所。タイトルはいちおう短歌の上の句です。下の句は考え中です。

ひきこもりのきょうだい 吼える

独り言に近い投稿です。

 

ついうっかりこんな記事を見つけてしまって。

そしたらもう読まずにはいられないんだけど。

読んでたら、

なんなの本当に!
イライラするわ!

っていう自分が出てくる。

 

50代のひきこもりは、もはや珍しくなく、60代も増えてるんだそうな。

親は、80代・・・。

は!? 今まで何してたの!?

あんたたちが、どんだけ、「自分の子どもと向き合うこと」から逃げてきたのか、私はよーーーーーーーく知ってるよ!!!

とか・・・吐きつけたくなってしまう。知らない人なのに。

 

※世間一般が言うような、働かせろとかそういうんじゃないです。ここで言われてるようなひきこもりの人たちが働くのはもうかなり難しいってことは、よーーーくわかってます。

※私の姉はひきこもり歴約25年です。

 

「働けない子どものお金を考える会」

そんなのつくってたのかー。畠中雅子さん。

ご相談事例 | 働けない子どものお金を考える会

 

斎藤環先生と、畠中雅子さんが

ひきこもりのライフプラン――「親亡き後」をどうするか (岩波ブックレット)

ひきこもりのライフプラン――「親亡き後」をどうするか (岩波ブックレット)を出してから、もう5年も経つんだっつーの!!!

・・・って、思っちゃった。

これが世に出た意味はあるの?

役に立った人もいると思うけど・・・。

存在すら知らない(知ろうともしない)、

どうにかしようという発想すらない親たちがいることに、私は吐き気すらするんだよ。

(ちなみに私はこの本を買って父親に渡したけど、その後何のアクションもなく、去年「親が死んだ後の姉のことを考えると不安」と伝えたら、まるで初めて聞いたかのように「そんな風に思ってたんだ」とか言われた・・・・・・)

 

あーもう、このことになると、なかなか冷静でもポジティブでもいられなくなる自分が出てくる。

うぅぅ。

 

「高齢化」のほかに見逃せない問題は、ひとつのご家庭に、「働けない状態のお子さんが複数いる」というケースのご相談が増えていることです。2人とも働けないだけではなく、中には3人や4人のお子さん全員が働けない状態のご家庭もあります。

働けない状態にあっても障がい年金を受給することなどで、サバイバルプランが成り立つケースもありますが、本来なら「親亡き後」に手続きなどで力を貸してくれるはずのご兄弟がいないという、別の問題を抱えていることになります。

 

本来なら「親亡き後」に手続きなどで力を貸してくれるはずの・・・???

そりゃあねぇ、力? 貸すけどさー、
自殺とかされるくらいなら、めんどくさくても生きててほしいとは思うけど、
でも、きょうだいなら力貸してくれるだろうって当然のように思われるのは、
なんか腹立つー!!!

 

さっきのリンクの「ご相談事例」とか読んでても、

相続に関しては時間をかけて準備したいところです。
今回のケースではご長男が平均余命で亡くなるまで貯蓄は残りそうですが、それは不公平な相続があってのこと。
持ち家や母の終身保険、貯蓄のほとんどはご長男に相続させ、ご長女に相続できるのは数百万円の現金のみ。
ご長女も頭ではわかっていても、やはり心から納得をするのは難しいでしょう。

将来相続でご長女ともめないように、

・お母様が動けるうちに遺言書を作り不公平な相続になってしまうことを詫びておく
・ご長女と連絡をまめにとりたまにはご長男の様子を見てくれるようにお願いをしておく
などできるところから少しずつ行動してみてください。

※ここでいう「ご長女」は、ひきこもりじゃない子ども(ひきこもり当事者のきょうだい)

 

 

不公平な相続になってしまうことを詫びておく・・・???

連絡をまめにとりたまにはご長男の様子を見てくれるようにお願いをしておく・・・!!!

そうじゃねーだーろよ!

まず謝ってほしいのは、自分たちがどれだけ目を背けてきたかだろ!!!

問題と向き合わないようにして、なんとなく時間が経てばどうにかなるんじゃないかと思い込もうとして、目を逸らしてきたことを認めて謝るのが先だろう!!!

「私たちは、弱い。だから、助けてほしい」ってなんでいえないの?

「ごめんなさい。もっと早く、何かアクションを起こすべきだったけど、それができなかった」って、まずは言えよ!!!

そこが馬鹿馬鹿しくて、助けたいものも助けたくなくなったりするんだよ!!!

ひきこもり当事者であるきょうだいを、助けたいって自然に思えるか思えないかも、そういう親の姿勢とか心のあり方によってだいぶ変わってくるんじゃないの!??

 

きょうだいにもいろいろいるから、

絶対に助けてなんかやらねーよとか早く消えればいいのにって思ってる人も多いけど、

一緒に育って、遊んだり笑ったりしてきたきょうだいだから、なんとかしたいって思ってる人だってたくさんいるよ。

だけど、「なんで私が?」「なんで俺が?」って思うじゃんか。

自分だって、そういう、弱い親(だけどそれを認められない親)に育てられて、もしかしたら、何かがひとつ違ったら、一緒にひきこもりになってた可能性だってあるんだよ?(世の中の人には、この認識は薄いと思うけど、私の中では確信がある論です)

たまたま、家の外で、縁あっていい人に出会えたとか。

ほんとそういう小さいことでなんとかなっただけで。

問題を、いつまでも見て見ぬ振りして解決しようとしないような家の中で育ったら、生きづらいことや息苦しいことなんて腐るほどあって、それでも必死でがんばって、なんとか生きてきたっていう感覚があったりするんだよ?

そしたら、なんとかしたいって思ってても、もう一方で「なんで?なんで自分がそんなことまでしなきゃなんないの?」ってなる気持ちも、あって当然だよね。人間だし。

それでなくても、きょうだいが不登校やひきこもりになった時から、親の意識は当事者であるきょうだいに向いてしまって、ひきこもらなかった子どもは、端的に言えば「放っておかれた」側なのだ。

それが、とうとう苦しくなったからって、自分を放っておいた親から、「あの子(ひきこもり当事者の方)をたのむ」なんて言われても、「はぁ???」じゃない? フツーなら。

ひきこもりじゃなくたって、たいていの人は自分の人生でいっぱいいっぱいだよ。

 

親が死んでからのお金のことを考えておくのなんて、最低限も最低限。

それをちゃんとやった上で、一番必要だったことは何なのか、それは今からでも間に合うのかを考えて、行動してほしい。

(でも、それができるような親なんだったら、ここまでこじれなかったのかも・・・とか思い始めると絶望的過ぎるからやめとく)

 

 

まとまらないけど、

一人の「ひきこもりのきょうだい」として、言っておきたかったです。

「ひきこもりのきょうだい」は、もっとケアされていい人たちだと思います。

読んでくれてありがとう。