遊びがいのある地球に生まれたね

なちこの頭の中を表現する場所。タイトルはいちおう短歌の上の句です。下の句は考え中です。

「今が一番いい時だね~」って言葉、呪いっぽくないですか?

私は今、付き合って4ヶ月半くらいのパートナーがいます。

一緒にいれることがすごくうれしいし、毎日幸せ。

 

そんな中で、身近な人に、近況報告というか、ノロケというか、自分の幸せのお裾分け話(*1)をすると、けっこうな割合で言われる言葉がある。

それは、

「あー、今が一番いい時だね~^^」

 

・・・・・・。

いや、わかるんだけど。

定番の言葉で、挨拶みたいなもんやし、社交辞令っていうか、

相手も全く悪気はなくて、むしろ褒め言葉だと思って使ってるというか、

「いいなー。うらやましいなー(それくらい、あなたは今幸せですね!)」っていう

コミュニケーションの手段としての定型句なんだろう、ってことは。

わかるんやけど。

 

でもねー、

この言葉、まるで「呪い」みたいで嫌だなーって思ってた。

 

「今が一番いい時」って・・・!

じゃあ、ここから先は、これ以上はよくならないってこと!?

なんでそんなこと言うの!?

それは、あなたの話であって、私にも当てはまるとは限らないし!

みたいな。

 

 

この言葉に引っかかったんは、

学生時代に読んだ『この人と結婚していいの? 』って本(*2)の中に、

まさにこの言葉についての話題が出てきたのをすごく覚えてたからなのね。

この人と結婚していいの? (新潮文庫)

この本と、黒川伊保子さんの『恋愛脳―男心と女心は、なぜこうもすれ違うのか (新潮文庫)』は、ぜったいおすすめやで~。

 

著者のパートナー(現・妻)が、結婚前に、周りの人たち(主に年上の既婚女性)から

「今が一番いい時ね~」って言葉を言われ過ぎて、マジでマリッジブルーになったっていう話。

今手元に本がないから引用はできないんですけど。

私は、自分にも同じような時が来たら、きっとその気持ちがわかるなぁと思って読んでたんだ。

 

「自分自身の思い込んでることが、自分の見ている世界を創ってる」と思うと、

ほんのちょっとのことかもしれないけど、やっぱり私は

「今が一番いい時ね~」って言われた時に、「そうですよね~」って、同調したくないって思う。

 

 

「めんどくさい人」だと思われることも承知で、

それでも、私は私をとりまく言葉を大切にしたいと思ってる。

 

 

だって、どんな言葉を使うかは、どんな人生を送るかと、けっこう結びついていると思うのよ。

川上未映子も書いてたやん。「『主人』という言葉が心底嫌い」て。

たとえばママ友なんかが、自分の夫をすごく当然のことのように「主人」と言うのを聞くと、あるいは相手の伴侶のことを「ご主人は」なんて言うのを聞くと、もう本当に、これが心の底から気が滅入るのである。

言葉っていうのは、どうしてなかなか厄介なもので、使っているとその言葉のもつ意味は、けっこう心身にぐいぐい侵食してくるものなのだ。

小さなことだけど、そうやって毎日使う身近な言葉から、子育ての関係性や夫婦間のバランスが変わっていくこと、本当にあるんだもの。

無意識に使ってる言葉に縛られるってのは、あると思う。

なぜなら、私たちは言葉で考え、言葉で伝え合う文化を持っているからね。

 

「逃げ恥」のゆりちゃんも、言うてたやん!

「自分に呪いをかけないで」って!!

どうせみんな思ってること、ほんのちょっとのこと、誰にとっても当てはまることだよねって広く一般的に思われてること、かもしれないけど・・・

ほんとにそうか???

かけてるつもりなく言うてる言葉が、きっと一番かかりやすい呪いなんちゃう?

 

 

とは言え。

あまりにも多くの人が同じようなことを言うもんやから、

「やっぱり・・・時間が経つにつれてときめきが減っていくのは、誰にとっても避けられないことなんじゃないか・・・・・・」みたいな気もしてきたりして、

もしそうなら、私がすべきことは、

何かしら自分なりの意味づけをして、諦めることなんじゃないか・・・とか、かなり流されかけたりもしていた。

 

でも!でも!

数は少ないのかもしれないけど、

年を重ねても、素敵な関係でい続けている夫婦やカップルがいるのも、私は知ってるんだ!

だから、やっぱりそんな簡単に諦めたくはないー!!!ってのが、正直な気持ち。

 

で、何を思ったか、現代っ子の私は、「今が一番いい時」で検索をかけてw

おんなじようなことで憂鬱になってる人とかおらんかなーって、ググってみたんですよ(誰かに共感してほしかった)。

そしたら、

 

何が出てきたと思います?

 

 

検索結果の一番上に出てきたのは、

ターシャ・テューダー

『今がいちばんいい時よ』っていうタイトルの本でした。

今がいちばんいい時よ (ターシャ・テューダーの言葉 (3))

・・・すごく意外だった!(゜゜)

そして、「めっちゃいいこと思いついた・・・!」って氣持ちになった!!

 

この本を読んだわけじゃないけど、

ターシャがどういう人かってことを、私がなんとなく知っている範囲の知識と感覚で考えると、つまりこのタイトルの意味は、

「どんな時でも、今この瞬間がいちばんいい時よ♡」

ってことだよね。

 

マインドフルネス。

 

「今、この瞬間」が大切ってのは、私もよく考える(というか、思い出す)し、

わかってるし、それを確認するために呼吸を観察したりもするわけやけども、

人から言われる「今が一番いい時だね~」に対して、

このターシャの言ってる意味に置き換えれば、

言われた言葉そのものを否定せず、

しかし言ってる人の含めてる意味だけは変えて、

心から「そうですね~!“今”がいちばん、幸せですね~!」って

返せる方法やんコレ!!!って。

目からウロコ!!!

 

誰も傷つけず、自分に嘘もつかず、めんどくさい人とも思われない方法!w

いやーーー。大発見やわー(*'▽')笑

 

時間は一直線に流れていて、その流れには逆らうことができない、

っていうところから、そろそろ抜け出す必要がある私たち。

 

 

そう言えば、4月に書いてたっけ。こんな言葉。

ずっと一緒にいたいなーってもちろん思うけど、
それが目的になってしまわないようにしたいな、とも思ってる。
失うことを怖がると、恐れが行動の理由になってしまうから。
一緒にいられることの喜びを、
「今この瞬間」いつも感じてたいなって思います。
忘れそうになったら、深呼吸。
今、ここ。いま、ここ。
それを積み重ねていけたらいいな。
 
行動や選択の理由は、いつも愛とワクワクでありますように♡

 

「長く生きるほど、人生は美しくなる」(Frank Lloyd Wright

 


映画「人生フルーツ」 の津端夫妻

 

 

脚注

*1) ちなみに、自分の経験を話すと、ノロケ話を聞いて「けっ!」って思ってたり、結婚式に参列して「でも、結婚したからって幸せになれるとは限らないしねー」みたいな気分についついなっちゃったり、街中で仲よさそうに手をつないでるカップルを見ると「なんで自分にはパートナーがいないんだろう・・・人間として欠陥があるんじゃないだろうか・・・」とか思ったりしてた時には、パートナーもパートナー候補も現れなかったです。

 ぢんさん(心屋仁之助さん)の「次のステージへ」って曲を聴いて、
「うらやましい!」「憧れる!」「私もそうなりたい!」って思った時には、
素直に「素敵だな~」「あやかろう♪」「これは、私の未来の、予告編なんだ」
「ハイハイハイハイ!次、私~!」って心ん中で思うようにしたりとか、
Facebookのコメント欄にも書くようにしていったら、
パートナー候補もパートナーも現れた!
参考ブログ記事↓

 
*2) 学生時代にこの本を手に取ったのは、別に結婚を考えるような相手がいたからっていうわけではなく、著者が、割と「かっこいい、キリスト教の牧師」だったから。
カフェを経営していたり、ミュージシャンとして活動していたり、なんかこう、シュッとした感じの若い牧師さんだったのね。

私の身近にいたキリスト教の牧師さんたちは、もさっとした感じの人とか、精神的・信仰的に優れていれば、外見やライフスタイルはどうでもいい(むしろそんなところに気を取られているのは不信仰)、みたいなダサい人が多かったので、
なんか「かっこいい、キリスト教の牧師」ってのは、画期的な存在だったのだ。

しかも、教会によくいがちな真面目~なクリスチャン青年たちの間ではタブーっぽくなっている「恋愛の話題」に、クリスチャンの著者が正面から切り込んだ書籍だったので(そういうの、ほとんどなかった)、興味津々だったし、実際読んでみたら、クリスチャンに限らず通用する内容だったので、これはすごいな!と思ったのでした。

 

 

どなたかわかりませぬが、醤油と胡麻油と海苔と煮干ありがとうございました!

またしても・・・!

ほしい物リストから、贈っていただきました!!

今回は、醤油、胡麻油、海苔、煮干し!!!


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私の毎日の食生活には欠かせないものばかりです。

ありがたやー。

生きる気力が湧いてきます^^

 

さて、今回の贈り物が届いて、わかったことがあります。

今回も、どなたが送ってくださったのか不明なのです。

そして、私が前回、送ってくれた人の住所だと思ってたのは、

Amazonの 倉 庫 の 住 所 だ っ た ・・・!(゜゜)

 

そうです。前回パスタが届いた時に↓

贈り主の住所だけ書いてあるのかと思い込んで、その付近に住んでる友人に確認のメールなどをしてしまいましたが。。。

贈ってくれた人とは全然関係ない住所だったってことだっ!!

恥ずっ!!

 

匿名で送れるシステムがあるってのもなかなか粋ですが、

実際に名前を明かさずに贈ってくれる人がいるってのも、なんて素敵な・・・☆と思います。

 

まるで足ながおじさんのよーじゃあーりませんか♡

もしくは、ウィリアム大おじさま♡

もしくは、紫のバラの人♡笑

 

本当に、ありがとうございます!!^^

新しいおしごと始めました。

3ヶ月間の失業生活に終わりを告げました。

7月から、また図書館司書として働いてます。

 

業務委託とか派遣で買い叩かれるくらいなら、もう司書の仕事はいいや~と思ってたんだけど、なんと直接雇用(嘱託職員)でそれなりの対価をもらえる求人を発見したので、「お!?」と思って応募してみたら、受かったのです。 

 

新しい職場は、京都に関する資料ばかりを集めた専門図書館です。

週3~4日のパートタイムなので、割と氣が楽。

前の職場で、リストラされる前に希望していた「週4勤務、週1で副業」っていうライフスタイルが、なんか知らんけど叶っちゃいましたw

しかも、お給料ちょっとだけ上がってるっていう。

結果オーライか。

 

とは言え、今の仕事は完全に「ライスワーク」だなって思います。

(「ライスワーク」=生活のための、ごはんを食べていくためのしごと)

まだ始めて半月くらい、勤務日数で数えたら一週間くらいしか経ってないけど、すごく割り切って働いてる自分を感じる。

誇りを持ってずっと続けていく仕事ではないな、ってわかってる(私にとっては、って意味で)。

 

とは言え、自分にとってあまり苦労せずにできることで、人や社会の役に立って、生活するためのお金をもらえてるんだから、そういう意味では、今の自分にとっては本当にご縁のある素晴らしいライスワークだと思う。

真面目に考えすぎなければ、ね。

  

フリーランスでやっていくのはまだ自信がなくて、覚悟が決まらなくて(それを自分の中で確認していた3ヶ月だったとも思うから、無駄ではなかったけど)、とりあえず生活費を確保するために、また雇われてみることにしたけど、副業もバリバリやっていきたいし、意識としては、むしろ「複業」というか、その図書館も「クライアントのひとつ」くらいに思って、全部ひっくるめて自分のペースをキープしていけたらいいなと思う。

そのためにも、とにかく今の、働き始めのエネルギーかかるところを、早く過ごしてしまいたいなぁ。。。

 

ネガティブに聞こえるとこもあるかもしれないけど、これは、私が自分の心の声にちゃんと向き合ってるからこその言葉で、そんなに後ろ向きじゃないと思うんだ。

「たどり着きたい場所」と「今いる場所」の位置を見据えて、そのギャップをどんな戦略で埋めていくのか、冷静に考えて行動したいと思ってるかな。

 

うまいことバランス取って、ライスワークの割合とライフワークの割合を逆転させていくのが当面の目標でしょうかねー。

ゆっくりやるか、さっさとやるか、まだ決めきれてませんけど^^

【定点観測】いまの私 20170722

今の自分を書いておく。

 

前回の定点観測から、1ヶ月以上も経ってしまった・・・!

 

けど、「書きたい」「今日こそ書こう」ってずっと思ってはいたから、
今の気分は「やっと書けてるーーー!!!」って感じ。

 

また図書館で働き始めて、半月くらい経った。

採用されて、働くことを決めた時は、「やっぱり私、もう少し司書の仕事したいって思ってたんだなぁ・・・」とか感慨深く思ったけど、半月(実質出勤日は8日)で既に「もう司書の仕事はいいかな・・・(経験したかったことは十分経験したかな・・・)」とか思い始めてる私・・・(笑)。

飽きるの早すぎかよ!!

マンガの司書は、一生の仕事にしてもいいかもって思えるくらいのモチベーションがあったけど、そうじゃない別のテーマの専門図書館となると、これほどまでに興味が湧かないとは。

今の図書館でも、「仕事をしていく中で、いろいろできることが増えたら、得るものはあるな」ってもちろん思うよ?
だけど、「できないよりはできた方がいい」とか「興味ないけど得だからもらっておこう」みたいな価値観には、どんどん興味がなくなってるのだ。

自分の中から湧いてくる、ときめくものばっかりを、追いかけて生きたいよな~。

とは言え、「思い通りにいかない→いろいろ悩んだり苦労する→思い通りを手に入れた時の喜びが増す」みたいな、この人生ゲームの醍醐味?も、どうやら私の魂は嫌いじゃないみたいなので、しばらく淡々とライスワークとして続けていきますが。

自分の気持ちを観察しつつ。

大して苦労なくできることでお金もらえるのは、ありがたいしね。

 

生活費の不安がなくなったら、なんかやっぱり氣は楽になった。

やっぱりずっと氣を張ってたなーと思った。

したいことだけする人生にするとか、仕事と遊びの境界線を薄くしていくってことについては、まだまだ目指すところは遠いように感じていて、試してみたいことや、すごくゆっくり準備を進めていること、やりたいやりたいと思いながらもできてないことなど、たくさんある。

そういう意味では、将来に対する不安もあるし、まだまだ課題もあって、十分満足しているとは言えない。

だけど、今の私はすっごい幸せだなーと思う。

切羽詰った心配とか、抱えきれない問題は、何もないし。
大切な人と、なんてことない日常を大事に過ごせてる感じがして、呼吸が楽だ。

毎日、「今日こそやろうと思ってたのに!」と思いながらもできなかったこともけっこうあるんだけど、それだって、たぶん自分がそれを問題だと思ってるだけで、思わなかったら別に問題じゃないのだ。

「自分に見合った課題があるってのは、実は幸せなことなんじゃないか?」とも思うしねー。

 

「極めて順調です。ただ、思い通りではないだけです。」って言葉が、よく思い出される。

 

あと、イケハヤの
「そんな夢、さっさと叶えて、とっとと次に進もうぜ!」ってのも。

 

ライターの仕事が本格的に始まろうとしてる。

楽しみ半分、ドキドキ(ほんとにちゃんとできんのかな・・・?)半分。

やるっきゃないっていう状況になってることはありがたいし、
やってやるぜ!って思えるくらいのフィールドが用意されてるのもありがたい。

 

好きな人と一緒に暮らすってことが、だんだん現実味を帯びてきてる。

楽しみ半分、ドキドキ(ほんとにちゃんと暮らせんのかな・・・?私・・・)半分。

シェアハウスやゲストハウスで暮らしたことはあって、誰かと一緒に住むこと自体に抵抗があるわけじゃないけど、今までのそれは全部、一定の期間限定だった。

ずっと一緒に暮らしてくって、けっこう挑戦だよなぁ。

でも、やりがいのある挑戦。

 

小説を少しずつ書いていくことを習慣にできる状態が、少しずつ近づいてきてるのを感じる。

なんでそうなのか、こまごました理由はいろいろあるけど、総合的には「なんか知らんけど」(byぢんさん)だなぁと思う。

書きたいのに書けてない時間は、自分からしてみれば「情けない、サボってる」ような時間だとずっと思ってきたけど、
実のところは(・・・って、誰が証明してくれるわけでもないのだけど)、水面下で何かが起こってるというか・・・書くために必要なものを蓄えていたり(柔軟な精神力だとか、以前は持っていなかった知識だとか)、書くために必要なある状態になるの待ちだったり(経験値が溜まるまでとか)、そういう見えない部分で、準備は着々と進んでるのかも、とか思ったりする。

自分を責めないパターンの考え方ね。

 

小商いに興味出てきた。

↓これも読んだし。

「小商い」で自由にくらす (房総いすみのDIYな働き方)

「小商い」で自由にくらす (房総いすみのDIYな働き方)

 

 

月経カップ使い始めてみた。

すごく面白い。

また、詳しくは改めて書きます。

 

【はるちゃんブログより】子育ては大変、という宗教。

やばーい!
目から鱗がぼろぼろ落ちるわ。

 子育ては大変、という宗教。|子宮委員長はるオフィシャルブログ「子宮委員長はるの子宮委員会」Powered by Ameba

 

「子ども産んで育てるの、楽しみだなー…」って思ってる自分が、どこか嘘くさく感じてた。
100%嘘ってわけじゃないけど、無理矢理思い込もうとしてるような感覚あった。

そりゃそーだわ!
「子育ては、大変なもの」ってのが自分の中の前提なら、大変なものをただ楽しむってのには無理がある(もちろん、大変な“だけ”じゃないのもわかるし、大変ながらに工夫のしがいがあるのも想像つくけどね)。

はるちゃんがしてること・書いてることはかなり極端な話だけど、エッセンスをすくいとって自分の人生に活かすことはできる。

「子育ては、大変じゃない」っていう前提で、子育てする人生を、私は選ぶこともできるんだ。

自分の周りにいる100人が100人とも「子育ては大変に決まってる!」と言うとしても、
それは、その人たちにとっての前提であって、私はその人ではなく、私なのだ。

どなたかわかりませぬが、全粒粉パスタありがとうございました!

だいぶ経ってしまったんですが、6月の終わりに、パスタが届きました!

「ほしいものリスト」に挙げてた全粒粉のオーガニックパスタです。

 

住所は書いてあるものの、お名前が書いておらず、誰から送られてきたのかわからん。

けど、「きっと、あの子だな~。失業したての頃に、『パスタでも送ろうか?』って言ってくれてたことあったし~」と思って、「パスタ送ってくれた!?ありがとう❤」的なメールを送りました。

 

その子じゃありませんでした(笑)。

 

そのあたりの住所に住んでる友達をさらに思い浮かべ、「あぁ!あの子かぁ!」と、ほしいものリストに興味示してくれてた別の友達が思い浮かんで、今度こそーと送りました。

 

その子でもありませんでした(笑)。

 

えー!!?

 

あ!!!

あの子か!!!

 

3度目の正直で、もう一人、確かそのあたりに引っ越したばかりの友達にもメールしてみました。その子は、こないだ遊びに行った時に、引っ越しで少しでも荷物減らしたいからって、マカロニをお土産に持たせてくれたのです。わかった!パスタつながりやろ!?(笑)

 

けど、

そ の 子 で も な か っ た…!!

 

いったい、どなたなのでしょうか?

もしかして、見ず知らずのお人やったりして?

十分ありうる話。

そう考えると、インターネットってとてもすごくておもしろいですね。

 

本当に、おいしくいただきました!

ありがとう❤❤❤
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イケダハヤトに私淑してみる

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最近、イケダハヤトが気になっています。

気になりまくっています!

勝手に弟子入りしようかと思っているところです。

し‐しゅく【私淑】
[名](スル)《「孟子」離婁下の「子は私(ひそ)かにこれを人よりうけて淑(よし)とするなり」から》直接に教えは受けないが、ひそかにその人を師と考えて尊敬し、模範として学ぶこと。「私淑する小説家」

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

 

いや、もう片足突っ込んでるかも!?

著書も3冊読みましたし!

 

これと

 

新世代努力論 「恵まれた世代」は判ってない。これがぼくらの価値観だ。

 

これと

年収150万円で僕らは自由に生きていく (星海社新書)し、白い・・・。

 

これな。

まだ東京で消耗してるの? 環境を変えるだけで人生はうまくいく (幻冬舎新書)

 

 

やー、だいぶ好きになりつつあり過ぎて

「イケダハヤト」とか「イケハヤ」とか呼んじゃうのは若干おこがましい氣がしなくもなくなってきたんだけど・・・

ここは、

小説『竜馬がゆく』の中で、竜馬が、

歴史の中の偉人はみんな呼び捨てにされてるじゃないか的なこと(うろ覚え)

を言ってたのに感化されたということで(読んだの15年前だけどねw)、

あえて呼び捨てでいかせてこうかと思います。

高知だけに!?(ドヤ)

 

イケハヤを知らないって?

そんな方は、まずはこちらのブログ↓

 まだ東京で消耗してるの?

アンチも多いみたいだけど、そんだけ影響力あるってことなんでしょうな。

心屋ぢんさんもアンチ多いしね。

自分が、心の奥ではやってみたいと思っているのにできてないことを、さらっとやってのけてる人を見ると、攻撃したくなる人ってのは一定数いるみたいですし。

 

 

私は、最初は「プロブロガー」としてかなり名が知られてる人らしい・・・くらいの情報で、ちょっと気になってたのでブログを読んでみたって感じ。

この時点では、たぶんアンチの発する情報とかも目にしてて、もしかしたら胡散臭い感じの人かも・・・と警戒もしていた。

しかし!

自分の目でイケハヤのブログを読んでみたら、この人は(少なくとも私という人間にとっては)評価に値する人だということがよくわかった!!!

ブログ運営はもちろんすごいと思うけど、それ以外の部分でも、共感する価値観がいっぱい!

これは予想外!

 

「“公共”を(政府に頼らずに)自分たちの力とつながりで広げよう」とか

「もう経済成長はしない、ということを前提に人生を楽しもう」とか

「人はもっと楽しく働けるはず」とか

言ってることがいちいちまとも!!!

時代の変化に敏感な人、っていう印象ですね。

その「変化の波」を軽やかに乗りこなす方法を教えてくれる、サーフィンの先生みたいな感じでしょか^^

あとは、「プロボノ」といって、自分のコンサルティングのスキルを使っていろんなNPO相手にボランティア(無償)で仕事をしてたり。

ビッグイシューオンライン」の編集長だってのにも、びっくりした。

 

『新世代努力論』っていう本の「はじめに」には、こんな感じのことが書いてある。

ぼくは日頃から強く違和感を覚えてることがございまして、それは「努力」にまつわるものです。20~30代前半の人々にとっての「努力」と、いわゆる「アラフォー」世代より上の人々にとっての「努力」は、その意味が違っているのです。

(略)

この価値観の差異は、世代間のコミュニケーションにおける、もっとも根本的で巨大な障害になっています。職場、地域、学校、そして家庭の中で、「努力すれば報われる」をめぐるコミュニケーション上のトラブルが、今こうしている間にも発生しています。

「努力すれば報われる」という妄想はやめにしましょう。そんな甘い考えが許されるほど、日本はもう豊かではありません。

(略)

「甘さ」と「やさしさ」は違います。

「甘い」というのは、現実を的確に認識することに失敗し、間違った選択を取りつづけてしまうような態度です。一方で「やさしさ」は、自分、他人、社会を取り巻く現実を的確に認識し、その上で責任を押しつけることをやめようとする態度です。

(略)

経済成長のパワーに頼った無知蒙昧な根性論を、事実の観察にもとづいた「人にやさしい努力論」にシフトさせていかないといけません。

 それが、「新世代努力論」です。

 

本の内容の要約はこんな感じ。(イケハヤブログより)

  • ぼくらは死ぬまで働く可能性が高い。我慢すれば定年退職が待っているわけでも、年金生活が待っているわけでもない。
  • グローバリゼーションやロボットの浸透、経済の縮小によって、個人の努力が報われる可能性は減少している。
  • 一方で、努力しなければ成功することはない。だが、少なくとも経済的に成功する確率は下がっているし、今後も下がっていくだろう。
  • そもそも、あなたにとっての成功とは何か、幸せとは何かについて、オリジナルな答えを見いだす必要がある。
  • その上で、その成功や幸せを達成するために求められる、具体的な努力の方向性を導きだす必要がある。
  • 何かの犠牲を割いて努力をするのは、健全ではない。その努力をすればするほど、あなたの性格は歪んでいくだろう。
  • 犠牲を強いる努力ではなく、純粋に没頭できることをやるべき。没頭し、人生を楽しんだ結果として、成功が待っている可能性がある。
  • 適切に努力していくためには、持って生まれた才能(=認知特性)について理解することが大切。
  • 世界はそもそも意味ではない。自分の努力には何らかの意味があるという考えを捨てよう。

 

私が最近よく考えている、「頑張らないで幸せに生きる(頑張るのが心底楽しい!ってことだけ、頑張ればいい)」っていうテーマに、かなり通じてますね。

 

それから、彼氏と「田舎暮らしがしたいね~」とかしゃべりながら、
なんとなくボーーーーっとしか考えてなかった地方移住についても、
まだ東京で消耗してるの? 環境を変えるだけで人生はうまくいく (幻冬舎新書)』を読んだら、

「え! なんか! 思ってた数倍、移住するの楽しみになってきた!」

「どこで暮らすか、選んだ土地でどんなクリエイティブなことができそうか、いろいろ調べていくことにしよう」

って思うようになったし。

これも、全く予想外の収穫でした。

 

 

とりあえずの目標は、

「1年以内に、イケハヤに会いに行って、

 コオロギの唐揚げをつまみにwどぶろくを飲みながらおしゃべりする」

これでいこっかなー。

けっこうあっさり叶いそうな氣が。

 

「ブログ運営の教科書」も、

買って読むつもりで、来月の予算に組み込んであります!